日本のお化粧文化
日本の近世では、武家に嫁いだ女性は必ずお白粉や薄い口紅を塗ることが義務付けられていました。明治時代にはそれまでは当然であったお歯黒や眉をそる事は野蛮とされましたし、明治維新後は女性のお化粧も次第に欧米化していき、大正時代の末期から昭和にかけて女性が社会へ進出し始め、女子教育が普及するなど、女性を無視できない時代背景があったので、女性の間にお化粧の通念が普及していき、この頃から美容整形の感覚が生まれてきたと言えるでしょう。
お化粧から美容整形へ
昭和になると、女性たちのあいだで美容整形が実践されるようになりました。二度に渡る世界大戦の後、日本女性のお化粧というのは伝統的な日本の美意識からの脱却と社会的な枠組みからの開放であったからです。特に、1950年代以降、ヘップバーンカットやピンク色のお化粧、ミニスカートなどは、その象徴でした。この時代には、アイシャドー、マスカラ、つけまつ毛、描きまつ毛が登場したし、使えるものはすべて使って西洋的な顔がメイクアップされた時代です。
その後、1990年代からUVカット化粧品が大ヒットしましたし、「落ちない口紅」やドライシャンプーが発売され、細眉やカールヘアーが流行しました。1994年にはスーパーモデルのダイエット法が紹介されたし、ミネラルウォーターや歯を白くする効果のある歯磨き、「光るメイク」と小顔ブームや細眉、茶髪が定着しました。その後は美白ブームと同時に再び赤い口紅が人気を博しましたし、翌年は透明感のあるナチュラルメイクに戻り、昨今は「自然派」「ナチュラル」志向のコスメが指示されています。以上のように、人々のお化粧嗜好は日進月歩で変化を遂げ、1990年代は伝統的な黒髪に黒い瞳という価値観が大きく崩れ、肌の色も髪の毛の色も自由化の時代になったのです。自由化であればこそ美容整形も興隆するといえるでしょう。
